~ALL ABOUT 12~
変ドラ第12回、その4
「正義のみかたセルフ仮面」
初出~小学六年生1976年7月号~
ドラえもんが優れたギャグ漫画であることは常々このHPの趣旨として書いてきましたが、F氏が稀代のストーリーテラーであり、類い希な短編作家である事からも、非常に優れたストーリーテリングを披露してくれる漫画でもある訳です。しかも勿論ギャグまみれで。
大長編や、中編クラスの作品には正攻法でストーリー重視の話が多いですが、短編の中にもやたらと良くできたアイデアとストーリーと演出とギャグが渾然一体になった作品も数多く存在します。
今回紹介する「正義のみかたセルフ仮面」もそんな一編であり、「正義の味方=ヒーローへの凡人の憧れ」をストレートにエンターテイメントとして余すことなく描ききった傑作です。
ライダーマンなんか目じゃない哀愁と、サンダーマスク真っ青の地に足の着いたヒーローの一人である、セルフ仮面のあまりにも日常的な大活躍をとくとご覧いただきたい。
あらすじは、
と言う感じ。
発端のパターンは「宇宙ターザン」のなみの白ドラ対処で幕を開ける。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑手厳しいぃ。何でドラってのび太のこういう純粋な憧れに対して冷徹なんでしょうかねえ。まあドラえもんが現実的で、のび太が夢見がちという図式がドラえもん全体の物語が持つ重要な設定の一つなんですけどね。とにかくF氏ときたらこういうときは徹底的ですからね。2コマ目の目つきとか口つきとか、ただごとじゃないですな。反してのび太の熱狂ブリと手に汗握りブリと狂喜乱舞ブリの三段構成も、入る余地無しの没入ブリで笑えます。それにしても「ある意味」って…
ここから、のび太の正義の味方を欲する願望が爆発するんですけど、ここで注目して欲しいのはあくまでものび太が正義の味方を欲していること。
普通正義の味方になりたがるモノなのに、のび太って正義の味方に守って欲しがっているんですよね。これは非常にのび太的というか。
のび太に染み込んだ他力本願指向が徹底してます。
「ぼくなんか年中ピンチだもんね。」「どうしてもほしいよ正義のみかたが。」
と、徹頭徹尾自分で何とかしようと言う思考が無いところが凄い。
しかもこのドマジぶり
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑独白爆発! のび太の数多い素晴らしき自問自答の中でもTOPクラスですなこの3コマは。
「いや…」「まてよ!」
とかでも充分通常でいうと破裂気味の自問自答なんですが、次の握り拳加えての肥大感が実に笑える。
「気がするぞ!!」「なにか方法が…」
って喉まで出かかっている感が凄いけど、次のとどめが更に凄いのでビックリ。
頭殴ってますからね。自分で。これぞF氏の【記憶の引き出し理論】(「わすれとんかち」より)に立脚した行動。
ふと思ったんですが、ここでののび太のアイディアって結局何だったんでしょうね。まあ、順当に考えればこの話のネタそのものだと思うんですが、そのアイディアはドラえもんが発案者ですからね。なんかとんでもない事考えていそうで恐い。
しかも挙げ句に最高のコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑1コマで!! すぐ寝るにも程がある。そりゃネタにもなるよってなぐらいの素晴らしい直結感。吹き出し二つだけで寝ちゃってますからね。大爆笑です。
「ねないで考えよう。」「グウ。」
ってテンポ良すぎます。おかしすぎます。
で、当然考えるどころか宿題まで忘れるのび太を、やさしいドラえもんが手伝う。
この時のドラえもんが好き。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑鉛筆の持ち方とあぐらが好きなんですよ。イヤイヤながらも手伝ってくれるドラえもんが良いですよねえ。ただ、ここでのポイントは云うまでもなく「あとひとりぐらい」と言う極めて具体的なのび太の泣き言なんですけどね。ここの印象深さがラストで活きてくるのは既読の方には云うまでもない事です。
ここでイキナリ次のコマでドラえもん史上最高に印象深いヒーローであり、今回の主役「セルフ仮面」が登場する。コマ割が素晴らしくて、真正面での顔に「手伝おう」と言う科白を持ってきて、のび太たちの驚きを読者にも体感させて居るんですね。こういうところ非常に上手いです。
で、カッコイイ登場のコマに持っていく。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑カッコイイ! 風もないのになびいているマントが最高です。しかし、「き、きみだれ!?」ってのは、あまりにもごもっともだ。ハリマオをモデルにしている容姿もミステリアスだし、何より唐突に朝っぱらから机の上に仁王立ちしてれば、幾らボケ強者の、のび&ドラでなくてもビビリます。
もっともそんな事は、マイウェイ解釈の達人のび太にしてみれば、納得するなど造作ない。曰く
「やっぱりドラえもんたよりになるなあ。」
ピュア過ぎ。
目を必要以上にグルグルにさせて否定するドラえもんですが、セルフ仮面の指立て科白
「早く宿題をやろう。時間がないんだ。」
と言う合理的な発案でうやむや。
ここらのうやむや演出が凄く上手いんですよF氏は。
ここではママにご飯に呼ばれてうやむや。
しかも嬉々として
「正義のみかたが宿題やってくれたんだよ!」
とママに口走るのび太。
仮に正義のみかたの存在はドラえもんを認知しているぐらいだから認めても、そいつが宿題をやったってのは大人のプライドに賭けて認められないでしょう。
ドラが終始「~~」口で甲論しても、のび太ときたら100%ピュアな笑顔で
「そりゃ、正義のみかただからさ。」
と、乙駁。
処置無し。
続いて今度は雨。
そんなのピンチかあ?
でもセルフ仮面は現れる。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑かっこわりいい! 傘さして登場するヒーローは古今東西例がないですね。ザアザア降りの中を颯爽と登場するセルフ仮面を白け顔で見ているのび太もいい味出してます。
しかも自分の傘は忘れる徹底ブリ。
それにしても「セルフ仮面!!」って程か?
さあて、ここから当然のようにのび太の暴走開始。こうでなくては話が始まらないとばかりにお馴染みの宣言
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑さすがのび太こうでなくっちゃ! どういう思考回路なの。常人には理解不可能ですが、最初から云っているようにのび太は「守られ願望」が強いので、当然こういう欲求が出てきて当然。ただし、握り拳は良いとして、感情の支離滅裂さを象徴したかのような両目の互い違いパターンは前例無し。Mですよこりゃ。
もっともっとピンチ。
ってな訳で、コレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑わざわざ!! 「宿題もせずに」って言い添える感覚がすさまじい。こーれは思いつかないピンチですよ。こうくるとはって感じです。しかも余裕綽々の菩薩面。もうこうこなくっちゃっていう読者の期待を完璧に裏切らないのび太に礼!
烈火のごとく怒る(当たり前)ママだが、そこへ
「火事だ。」
わははははは。セコ過ぎるぞセルフ仮面。しかもコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑隠れてんの。白黒の目が反比例して笑えるんですよねえ。
無事逃げ出したのび太だが、調子に乗った彼を止めるのは不可能。お約束通りのコレに挑む。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑凄い。これだけ感情そのものが剥き出しになった表情も滅多にないですよね。ジャイアンはコレをさせると天下一品です。あっからさまに不機嫌なのが凄すぎる。
そんなジャイアンをにやにやとつけてくるのび太。無茶苦茶だ。
さすがのセルフ仮面も事前に登場する。曰くコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑防犯思想のかがみですね。切羽詰まったセルフ仮面のジレンマ溢れる警告が、とにかく笑える。それに対して「そんなむせきにんな」と無茶苦茶な理屈を怒りながら(何なんだよ)トバすのび太が良い。水と平和がタダで手に入る国日本ならではですな。
そして、宣言した時点で頭のネジがゆるむのはのび太の何時ものパターンだが、これは強烈。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑しかし、蹴るかよ普通。暴力が日常茶飯事なのもドラえもんワールドの特徴ですが、のび太がこういうときに爆裂させる暴力描写は、その予測不能感覚と相まってやたらと笑える。セルフ仮面ときたらぴゅーってな感じで逃げてるし。
が、
懸命な読者ならお分かりの通り、ポイントはコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑この顔! この場面でこれほど感情を適切に描ききった表情があるか。F先生が完璧な天才である疑いようのない証明。
こんなのカマしたら続くのはお約束であり、大爆笑のコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑ギャグの基本ですよ、基本。「いない!!」だって。「やる?」ってのもポイント高し。やるのはお前じゃないだろう。ダメだなあのび太って。
脱兎のごとく逃げ出すのび太ときたら、「おゆるしを」だって。無茶云うなっての。あんな顔で蹴っておいて許せるわけないのはジャイアンでなくても当然。
だが、我らがセルフ仮面は颯爽と助けに来る。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑アンフェアですなあ。ファンファーレが泣ける。平和主義者セルフ仮面の面目躍如。しかし母親を呼ぶってのも子ども時代にはあってはならない反則ワザですよね。こういうのを臆面もなく使ってしまうところは本当のヒーローとしての資格充分なんじゃないでしょうか。
それにしてもジャイアンママも恐いが、こんなのが告げ口しに来てよく信じましたよね。
F先生の作画ポイントとしてな「キャラが宙に浮いている」ってのがあります。このコマでもちゃんと「影」を描くことでキャラが宙に浮いているんですよね。実は地味に「マンガ表現」として効果的な演出です。
そして夜、散々助けて貰ったクセに、
「パッとしない正義のみかただな」
などと失礼千万な事を、ドラえもんに話すのび太。
そこでアっと驚くカラクリ明かしの始まり。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑ここまで全く分かんなかったですからね。しかも、この小道具の出現と同時に瞬時にしてカラクリが分かる素晴らしい構成。
どうでもいいんですけど、この「去年、劇に」って科白なんですが、のび太がどういう経緯でどんな劇に出演したのかが、子どもの頃から気になって仕方がないです。だって、明らかに主役級の衣装でしょうコレ。のび太といえでも案外クラスの人気者だったんでしょうか。まあ、そう考えると強引なカラクリなんですけどね。
そして、ドラえもんの憑き物落とし。
「わかった!!」「セルフ仮面がきみ自身だ!!」
と、F氏にしては珍しい強調科白で種明かしをするドラえもん。
まあ、ここでドラえもんがこのカラクリ明しをしてしまったから、のび太はセルフ仮面となってしまうという、ちょっと複雑に考えてしまうと夜も眠れないようなSF的パラドックスに陥るんですけどね。
それにしてもこのカラクリはミステリーとしてみると極めつけの反則ですね。ドラえもんは結構ミステリーネタもあるんですが、そのどれもが普通のミステリーでは恐ろしくて出来ない様な、凶器攻撃に近い反則を連打しますからね。たまりません。
タイム・パラドックス的なネタならお任せとも言えるF氏ならではの抜群すぎるアイディアに拠る、この凄いヒーローネタですが、子どもの頃読まないと「セルフ」の英語の意味が分かってしまって興ざめ。
そして、この知的興奮抜群のドラえもんのまくしたてが凄い。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑燃えるなあこういうの。「そりゃそうだ。」と言う常識論が素晴らしい。こういう端的な説明をテンポよくポンポンやってしまえる所にF氏の作家としての技量の高さが味わえるんですな。現代日本人のSF的知識の殆どはドラえもんに拠っている証明です。
こういう数多いSFマインド溢れるネタの数々がF氏によって分かりやすく読めたおかげで、日本人(今は殆どの国が読んでいるのか)は何の違和感もなくSF的な思考を持つことが出来るわけですよ。
そして、それが知識としての面白としてだけではなく、物語としての面白さに立脚している点が素晴らしい。その証拠がコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑このコマに子どもの頃からしびれます。セルフ仮面の格好をしたのび太が、タイムマシンで訳も分からず過去へ戻るコマ。読者の代理としてののび太が自分自身のピンチを救いに出かける展開が、素晴らしすぎるオチの1コマと合わせて大好きです。カラクリ明かしの興奮だけではなく、あくまでのび太自身がそれを確認しに行き、それとシンクロすることで読者も最後のコマで物語の構造を明示させられる展開が完璧。
その素晴らしい最後のコマがコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑これぞオチ!!!! これだけ具体的な時間軸の客観視的魅力は初めての体験でした。オチとしてのセンスのスマートさも突出してます。
折角だから分析すると更にこのコマと構成の魅力が堪能できます。
3点とも『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑こうすると如何に計算されてコマ割と動きや表情が構築されているかが分かる。
まあ、短編ですからこのアイディアを思いついた時点でこの部分は勝ったも同然なんですけど、小学六年生向けとは云えこれほど分かりやすく具体的にこのアイディアをネタとして成立させているのはやっぱり凄いの一言。
加えて、個人的趣味の話になりますが、こういう空間軸や時間軸が巧みに入り組んだ構成の作品ってのが大好きなんです。
映画で云うと「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」や「パルプ・フィクション」「GO!」「羅生門」等々が代表的でしょうか。テレビでもザッピングと言う企画モノがありましたが、アイディアだけに寄りかかった形で失敗しました。やはりそのアイディアに負けないストーリーが必要なんですよ。
小説では「タイム・リープ」がSFマインドとしてのムードも非常に好きです。
そういったモノの原体験がこの話なのは疑いようがない訳で、「ドラえもんだらけ」や、「タイムマシンで犯人を」と並んで、この手の話の中では最高傑作の一つですね。
また、最初の方でも書いたように、他力本願丸出しののび太といい、転じて自分の面倒を見るハメになるのび太といい、正義のみかたというモノが如何にボランティア精神に則っており、それが如何に大変なことであるかという、ヒーロー物へのアンチテーゼとして読みとっても面白い話ではあります。
挙げ句にのび太得意のテーマである「自業自得」の極めつけでもあり、非常に欲張りな傑作でもあります。こういう多層構造を全然そうとは思わせないF氏はやはり天性のストーリーテラーなんですな。
それにしても秘密道具がタイム・マシンのみで、セルフ仮面が自力でのび太をピンチから救うと言う展開はよく考えたら結構異色ですよね。ドラえもん謎解きするだけで全然手助けしないんですから。
まあ、だからこその「セルフ仮面」なんですけどね。
【追記】
何度読み直しても強靭な強度を持っている超傑作ですね。逆に大人になればなるほどF先生の演出技法とソリッドな作劇法にも感心するより他ない。美しいストーリーの基本中の基本である「円環構造」を、タイムマシーンを使うことで、「映像の演出のみ」で形成している見事さ。ラストのコマにすべて収れんする拍手喝采の完璧なオチ。ドラえもんはおろか、F先生のベスト作品10本には確実に入る傑作ですよね。
そして何度でも書いていきますが、「アイデア」の素晴らしさだけでは傑作には成らないということです。この作品が名作なのは、やはりギャグをはじめとした「面白さ」とそれを活かし切る「演出技法」が素晴らしいということです。その天秤の両方が絶妙のバランスで成立していることが、F作品の最大の魅力だと強く思うわけです。