~ALL ABOUT 12~
変ドラ第12回、その7
(変ドラ第二回)
「大男がでたぞ」
初出~小学二年生1976年8月号~
この話も一部で異様なファンが多い文字通りの怪作で、今回電車の中で読み直していて笑いをこらえるのに苦労した。
あらすじとしてはこれまた定番で、
この話はジャイアンがメインと言ってよく、全編全開にヒートしていて読者の柔い読みを粉々にするほど笑わせる。
初っぱなお約束の暴力描写で始まるが、さすがメインだけあっていきなりコレ。
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻103ページより
↑一切の同情や感情移入を断固拒否する豪快なマウントポジション。 この話イキナリこのコマから始まる時点でボルテージ高し。
大泣きの空中浮遊で(お約束だが、一番高い浮遊は「帰ってきたドラえもん」だろう)戻ってきたのび太は、庭草に水を上げるママのじょうろを奪って自分にぶっかける。
曰く「大きくなりたかったんだよお。」
「身体が大きい」=「強い」
と言う子供世界の不文律を泣きながら訴えるのび太に、大抵の人間は子供時代を思い出して同情する。
そんなのび太にドラえもんは
「水なんかかけたってだめだよ。」
こんな正論をそれはもう冷ややかな表情で言い放つ。
ドラえもんは中古だけあって感情回路が絶対不安定なのだろう、「のろいのカメラ」の時などは激昂してスネ夫に仕返しに飛び出すほどエキセントリックだったりもすれば、こんな風に胸にグサグサくるほど冷たく突き放す態度をとったりする。
それでも道具の使い道を思いつくや、嬉々として(ベロだし)「からだポンプ」 をポケットから取り出す。後述するが、絶対に自分が面白いと思ったから出したに違いなく、失敗したらのび太がいけないんだぐらいの了見で協力しているふしがある。まあ、それでこそドラ。
しかし、さすがというかやはりというか、F氏はそれを上回るほどにジャイアンを憎々しげに描く。
復讐されて当然と言う描写。
だが、これはいかがなものか。
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻105ページより
↑「さからうものは死けい!」「アハハ。いい気持ちだ。」ホントに噛めば噛むほど、見れば見るほど笑いが止めどなくこみ上げるコマだ。土管に腰掛けて、腕組みで、身体を揺らしながら、高笑い。そしてこの台詞。かなりレベルの高い何かがこのコマにはある。
ドラえもんのキャラはよく独り言をいいながら行動するが、この時もジャイアンは1頁8コマを一人だけで読ませきる豪胆ブリ。
やぶの中で巨大な足跡を発見し、驚天動地に陥るジャンアンだが、その前に足跡を見つけながら意地悪げに
「ばかめ、足あとをのこしていった。これをつけて行けば…。」
と、(次のコマ)一瞬で分かるほど巨大な足跡を目の前にして言い切る。
巨大な足跡を見ながらこれだけのボケを続けるのは並大抵ではない。 吹き出しにして二つ分も。
ここからのジャイアンのハチャメチャぶりは、よく見ようが見まいが大笑いせずにはいられない。
ただ、外せない所というか、よく読むと更に全体的な異常さが分かる。
例えばコレ
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻106ページより
↑3コマ目の急変ブリ!キョトンというか、もっともだというか、F氏得意の白黒目が炸裂。「いるわけないや。」と言う台詞共々気付いてしまうと戻れない種類の面白さに満ちている。繰り返し読むと「そういえば……。」の「……」も高ポイント。
全編を貫くちょいヤバ目のモチーフである「大男」の語感も、この後どんどん膨張する。ここではジャブ的にジャイアンの母ちゃんがヤケに冷静に「大男」を口に出すのが笑える。
これだけならまだしも、一コマしかおかず、その真下のコマでこの始末。
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻106ページより
↑もうおわかりだろうが、このコマでの爆笑ポイントはズバリ「のび太」だ。高らかに歌う急変ジャイアンも、その歌詞も(もの凄い歌詞)、音符も、闊歩する絵も、全部何気なく手紙を持って近づくのび太の面白さを盛り上げるツマに過ぎない。あの口ときたらもう……
しかも畳みかけるようにして手紙の文面がコレ
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻106ページより
↑ここまで来ると説明すら無意味に思えるが、ひらがなのみで構成されたこの手紙は、もう全てのセンテンスがよく見ると爆笑。中でも注目すべき点は「そうだから」「やっつけて」ずれて「やる」。そしてとどめがひらがなで「おおおとこ」! 「お」が三つも!
後ろの控えめだが、あまりにも分かっている集中線もキてます。
もう充分過ぎるが、これでまだ半分。
続けて家に逃げ戻るジャイアンが一人で絶対恐怖と闘う展開だが、いよいよ恐怖のシークエンスに向かうくだりの作り方が、F氏さすがと感動する。
なんと二階から
「こんにちは。」
しかもコンコンとノック!
びびりながら階段を上るジャイアン(逃げればいいのに)の台詞がまたキてて、
「二階におきゃくなんておかしいなあ。」
読者の誰もが「おおおとこ」だと分かっている場合、普通登場人物はもうちょっとその先を行く物なのに、ジャイアンは何とその下を行く荒技。「おかしいなあ」もおかしいし、「二階に」ってのもバカ過ぎる。
で、ページをめくるや間髪入れずコレ
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻108ページより
↑巨大すぎる。窓も両開きの大窓で、しかもカーテンが両側にあるほどでかいのに、それいっぱいの手。しかももう家のベランダ、しかも二階に来てるのに、指さして「ここかね。」は凄い。おおおとこ過ぎる!
大爆笑のデカさ。
「おおおとこ」と言うタダそれだけのネタで、こうも頂上近くまで極まっているとホントにシンプル・イズ・ベストと言うか、ギャグまんがの王道というか。思いついても描かないというか、描いても普通つまらないと思うんですよね、こんなネタ。
で、上だけでも充分笑えるのに、切り返して更に笑わせるのがコレ
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻108ページより
↑手が開いている点なんかも含めてパースペクティブギャグ(?)の頂点だが、でかすぎます。ホントに恨みも何もない仏のような笑みののび太も自乗して笑えます。ポンプ握ってますからね。何気なく。タケコプターを頭に付けたままのドラも猛烈に底意地悪し。
で、先にも書いたように、ここでのドラは邪悪すぎます。心底楽しんでます。自分の道具選択のセンスにただ自画自賛的と言うか。まあ、そのねらいは充分あがっているわけですが、後期ドラには見られない「のび太と一緒か、それ以上に無茶する」キャラが残っていて安心できます。絶対にタダの愉快犯ですからねコレ。仏面ののび太も含めて、完全に復讐そっちのけでタダタダ楽しんでいる二人がとにかく面白くて共感できます。
それを自覚したのかどうか、ジャイアンが疑心暗鬼になって母ちゃんにしかられそうになるのを暗示させる部分では、反省気味というか、「やりすぎたかな」って雰囲気でその場を去ります。ポンプ片手に。
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻109ページより
↑台詞だけですが、やはり「大男」が締めてくれます。ピシって。かあちゃんだって言ってるのに……。
万事復讐が終わったりしたときは、ギャグまんがの宿命なのか、わざわざちゃんとオチを用意しているのもF氏の素晴らしいところです。「てにとり望遠鏡」でも「拳銃王コンテスト」でも、のび太はちゃんと失敗して終わらなければならない。
でもやっぱりデカすぎ。
「ドラえもん」(小学館)てんとう虫コミックス版12巻109ページより
↑発禁ギリギリのネタ。ここでも手に持ったポンプが何とも・・・
何というか、電車の中であまりにも面白かったので急きょ取り上げた話でしたが、改めてF氏の凄さというか面白さを痛感しましたね。全然よく見なくても面白いんですよねコレ。絵だけで面白いまんがの基本中の基本が圧倒的パワーをもって笑わせる良作です。
ところが12巻は思い入れが強いのかよく読んでいたのか、読み直すとどの話も爆笑モンでした。続けて12巻をやってみたいと思います。(これは、ずっと後で「12巻すべて見せます!」という無謀企画を生むわけです)
ではでは。
【追記】
やっと念願だった「大男がでたぞ」を『12巻すべて見せます!』に入れることができました。思えばこの第二回を書いたときは、単独ページで「ブルートレインはボクの家」につづいてアップしただけだったんですよね。そう考えるとこんな初期段階で「12巻」にこだわっていたというのは、我ながら相当粘着質に好きだなあと。しっかし、「おおおとこ」は面白いなあ。基本的に筆者は「のびドラ」コンビをメインにしたエピソードが大好きなんですが、ジャイアンも使い勝手のいいキャラですから、見本のような児童向けギャグ漫画として楽しめます。もっとも、「さからうものは死けい!」はいつ読んでもヤバ過ぎる。