~ALL ABOUT 12~
変ドラ第12回、その5
「わすれ鳥」
初出~小学三年生1976年3月号~
12巻はパパ好きには堪えられない作品が二作収録されているが、その中の一編が今回の「わすれ鳥」である。
のび太のパパというのは役割としては唯一の常識的登場人物として作品内のバランスを保つ立場にあり、たまにメインに据えられても「三日坊主」や「野次馬根性」や「要領の悪さ」などの、極端に身近な部分をモチーフにするネタが当然よく割り当てられる。
ギャグ大臣だったりするのび太や、ヒールとしての役割を当てられたママなどでは、結構この手の身近なネタは割り当てにくいので、パパにおはちが回ってくる訳である。
そんな身近なモチーフとして、今回取り上げられるのが「忘れっぽい」。ある種究極に身近なネタであるし、大多数の人が他人事ではないはずだ。
かく言う筆者も、当然タダ事ではないわすれんぼなので、読んでいてかなり切迫したモノを感じるのもこの話なのである。
正味4ページしかない話にも関わらず、短編の神様F氏にかかれば、こうも濃密度な話になるのかと感心しきる事請け合い。
あらすじは簡単で、
なんつっても一コマ目からして、いきなり
「わすれないでくださいね。」
と言うママのセリフから始まるわけで、ここらあたりからして唸るほどズバリな構成だ。
で、「だいじな手紙なの」だの「きっとポストに入れてね。」だのと、とにかくクドクドと心配性にママがパパに念を押しクギをさす。
わすれんぼとして言わせて貰えれば、もう一言
「だったら自分で行け」
に尽きるんですけどね。
まあ、そこは気弱なパパですし、なんつってもこの前科ですから
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑まあ、この話と来たらF氏のパパいじめがとにかく冴え渡るというか、ある種セルフパロディなんではないでしょうかと勘ぐりたくなるほどパパのコレがリアル過ぎ。ひと月はヤバいでしょう。
十字目とグルグルの漫符が実に、パパの感情と立場がよく表現されていて素晴らしい。
もっとも、筆者も書店員時代に大事な発注書を一ヶ月以上エプロンに入れっぱなしだった経験があるだけに、全然笑えないんですが。
そして、パパも大黒柱の威厳をちょっとは出そうと気張ってのコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑噴火してても、握り拳でも、あの眉毛のハの字加減がなんともパパの弱さ出していて丸。当然ドラえもんワールド、ひいてはF氏ワールドの専売特許とも言える敬語での会話。これは子供心からパパのイメージとしてこびりついている。
まあ、それにしてもママの全然信用していない表情と来たら……。小さく「3」口なのがのび太の血筋を感じさせます。
ソレもそのハズで、いきなり次のコマでコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑どうやったらたたきに手紙をあんな風に忘れるのか理解に苦しむが、そこは和風パパの面目躍如。ほんとこのイキナリ感覚は笑えて仕方なし。完全に痴呆症患者ですよコレ。
ここまでして、パパに頼むママの信頼度も凄いというか呆れる。まあ、愛情の大いなるあらわれなんでしょうかねえ。
さすがにコレはまずいと(そりゃそうだ)思ったパパのコレも白眉。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑でったあ、異色節! こんな軽い話に似つかわしくなさ過ぎの顔面横線異色演出。たかが手紙を忘れただけ、されどいきなりあの忘れ方ですからね。まあ、ここまで大袈裟にするのも凄いですが、パパの運命ですからねこのイジラれも。手紙の投函を頼まれただけで、片目真っ黒、片目黒点、しかも頭に手を当てて汗ダラダラ。この神経衰弱ブリは異常すぎ。ここまで追い込みかかってるとはママも思ってないでしょうね。まあ、手紙だすだけでこんなに出口無しなのも凄いですけど。
精神病一歩手前のパパときたら軒先で進退窮まる(手紙ごときで)が、そこへ何の前ぶれもなくドラ&のび登場。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑この行き当たりばったりというか、ご都合主義というか、前ぶれのなさ感が実に短編の醍醐味。待ってましたという感じのドラの舌出しと、お約束の「お前は何もしてないだろう」感強い、商人面&べしゃりののび太も最高。パパもちょっとは警戒しろってのこの二人を。
案の定不安いっぱいの道具「わすれ鳥」登場。
そのデザインに当のドラからして扉絵でこの白けブリ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑頬に当てた手と、巨大な「3」口がこの道具の意味不明感をよく現す白けブリです。
用法としては肩にのせるか、もしくは手に持っていると、当人が忘れ物をしたときに警告を与える鳥。なんだ、そりゃ?
でも、わすれんぼにしてみると、コレ以上ないほどの便利道具である事は確かで、威力抜群のコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑このとどろきが妙におかしいんです。吃驚り三爆発の三人も素晴らしいが(ドラの両足ジャンプと十字目もポイントだが、ここは画面前面で得意の仰天ポーズを背中向けに披露するのび太を推す)、「ワスレタ ワスレタ」ってなストレート極まる忠告がいいんですよ。神経衰弱一歩手前のパパがこれだけ仰天するほどの雄叫びで、「ワスレタ」って。わかってんだっての。
それでもパパもさすが分かってて、次のコマで一転にこやかに
「こりゃあ、いいものかしてくれて、ありがとう。」
とヤッてくれる。
さっきまであれだけどん底にいて、挙げ句に心臓急停止寸前まで驚かされていて。
そこで、過信してしまうのが何とも痛い展開で、わすれんぼとしては胸が締め付けられるような見え見えの展開がコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑うわあああ! 目の前なのに出せええええ!! 「だから」じゃないってのパパ。この凄まじい焦燥感はなんなのだろう。漫画の中に入る機会があったら間違いなくこのパパから手紙をぶんどって、ポストに入れるね。
ただ、これも何とも日常で経験のある事だけに痛すぎる。
「まあ、後でいいや」
と何度家に戻って後悔したことか。
自慢じゃないですが、クリーニングに出すYシャツを5着も腕に抱えて、散々買い物をした挙げ句に家に帰って玄関を開ける瞬間蒼くなった覚えのある人間ですからね。全然パパの事言えないです。
そして、パパいよいよ誰だか知らない知り合いの家に行って、早速自慢三昧。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑得意げ! かざしてまでの有頂天なパパが最高。加えて「ワスレタ ワスレタ」と律儀に絶叫するわすれ鳥も素晴らしい。
素晴らしいオチを知っていれば居るほど、この場面での焦燥感の煽り方は並じゃないです。
誰だか知らない知り合いの夫婦も抜群で、
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑「ちょっとはいけん」ってセリフが実にパパの気持ちにアタックします。これでこそ自慢している価値ありという、美しい社交辞令。
そして間髪入れずコレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑気持ちいい!! こんな気持ちいい展開は客冥利に尽きます。パパときたら自信の「3」口。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑ぬるま湯のような身のない談笑である。鳥がなかったらパパどうすんだろうと、よけいな心配すら抱かせるよなネタのなさそうな訪問と場の状況である。パパ何しに行ったんだろう?
それにしても満面の笑みのパパが痛い。何故ならテーブルにすでに伏線が山ほど…
曰く
「みんなで大わらい」「いやあ、ゆかいだった」
と、心なしか寂しげに身体を揺らしながらご満悦のパパが野比家に戻っているが、そこへ暗黒のママの一言
「それで、おてがみはだしてくださったんでしょうね」
そして、F氏ならではの落語的オチです。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑「あらあああ…」としか形容のしようがないのび太の表情と、自分の道具を忘れられようがなんだろうがの超然とした白ドラぶりのドラで終わり。パパの独壇場たるこの話のオチとして、実に完璧なオチ。(それにしても「とり」だったルビがここにきて「ちょう」なのも凄い気になるし、ドラの手が黒いのも気になる)
実に綺麗にまとまった、それでいて共感度抜群の良いネタで、わすれんぼの筆者でなくても充分楽しめて印象深い話の一つだと思う。膝を打つ見事なオチも秀逸だ。
んが、
コアな変ドラ読者なら、おぼろげに見えてきているとは思うのですが、この話には実はもう一つ大きな笑いツボがサブリミナルの様に隠されているのです。
何度も読んでいる内に
「なんか変だぞ」
としか言いようのない妙な部分が。
F氏の無意識の筆が産んだソレとはつまりこの人
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑この誰とも知れぬパパの知人。何か妙なこのキャラデザインは、「鳥」をイメージしているようですが、この誰とも知れぬパパの知人は、数少ない登場にも関わらず(全話からすると箸にも棒にもかからない印象ですが)、気付いてしまうと後には戻れないナニがあるんですよ。
振り返ってコレなんかどうです?
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑得意げなパパの持ってきた鳥に、純粋に喜ぶこの表情。ワスレタの吹き出しが良い感じに強調するこのいい顔。くちばし? ってな開き方も抜群。
そして、コレ
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑数コマでいきなりドンドン口が伸びてんですけど、この邪気の無さ。しかもセリフが最高で、「いやあ、おもしろい鳥ですなあ」とキた。「ですなあ」とな。
ペットそっくりまんじゅうでも食べたかのように鳥に似てくるこの誰とも知れぬパパの知人ですが、最後もコレでしめてくれます。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス12巻(小学館)より引用
↑手がね。いいんですよ。これ観てコマ全部を見直すと、更に笑えます。しっかし、この人天国の扉叩いてますねえ。かなり幸福な人柄。
もう全然意図知れず笑えるこのパパの知人には、個人的に読み直すたびに吹き出しますね。
この話の全体に漂う微妙な「なんだ、そりゃ?」感を見事に凝縮したこの人に10点ですね。
なんか、話に関係ない部分で贅沢に笑おうじゃないですかってなこのページの本来目指す部分にかなり肉薄する久々のアイテムだと個人的に思います。
【追記】
振り返ってみるとわたしが好きなエピソードは1976年発表の作品に多く集中しているような気がします。絵柄も含めてF先生がドラえもんを完全に自分のものにしている感があるんでしょうか。よく考えたら6年近く連載しているわけですから、まさにピークと言ってもいい時期かもしれませんね。しかし、「わすれ鳥」はギャグ短編のお手本のようなまとまりかたで、翻って考えるとのび&ドラがいかに無茶苦茶にしているかということですよね。こういったパパなどのサブキャラがメインにすえられるエピソードが極端に少ないだけに、一際のびのびとした朗らかな楽しみ方ができる小品という感じです。