変ドラ・スペシャル
「合体バラバラの世界後編~分かいドライバーの章」
二回に分けてお送りしている変ドラスペシャル「合体バラバラの世界」もいよいよ後編。
前回予告したとおり、ドラえもんの歴史上最もバラバラかつ異様極まる合体度を誇る怪作中の怪作を丸々お送りします。その名は
「分かいドライバー」
この話の存在を知ったのは、ドラえもんファン御用達のサイト「ドラちゃんのおへや」の私の好きなドラ話にあったfuchiさんのお奨めの文章である。この文章そのものも十二分にこの作品の素晴らしさを伝えるにあまりある面白さで、実際に自分を生まれて初めて国会図書館へ赴かせた程の魅力だ。
そして、遂に読むことの出来た本作品が持つ驚天動地の面白さは、ドラえもんだけにとどまらず、全バラバラ漫画界(かなり狭い界だが)の頂点に位置する作品と断定。
何が何でも布教せねばという余計な義務感すら感じてしまうほどのパワー&バラバラ。
たびたび書いているが、F氏はどういった理由なのかは知る由もないし、どんな力が介在しているかも知らないが、たびたび「油断」してしまう。
この「油断」というのは、「暴走」と言い換えても良いし、「異色魂」と言っても良いが、要するに充分それで成立するだろうネタを、歯止め知らずに描ききってしまう時だ。
単行本化に際して殆どの作品に手を入れるF氏は、こういった時も純然と「油断」しっぱなしで書き足しなどを行っている事からも、完全に意図しているあたりが恐いやらなにやら。
兎に角この話はそういった油断系の中でも群を抜いて、
「たが」 が外れっぱなし。
さあ、ご託はもう良いでしょう。
とにかく堪能してください。
「ドライバーといったって、このドライバーは、
あっとおどろく、すごーい、すごーいやつ!!」
コロコロコミックに再録された際に(初出はてれびくんの付録)、扉の柱に書かれたあおり文句だが、この話は扉絵でいきなりドラえもんが完全に何も考えてない笑顔でのび太を「五体バラバラ」にしちゃってまして、
バラされたのび太は吃驚して頭を抱えています。
もう予感充分で、来たぞ来たぞと言う感。
話はベロ出しでのび太が
「こわれた時計をもらったから分かいしてみようとおもって」
と、ドライバーを片手に遊んでいる所へ、何故か笑顔で現れるドラえもん。
「むずかしいな」
と「3」口で嘆くのび太に
「じゃ、いいものをかしてやるよ」
と、「分かいドライバー」を取り出す所から始まる。
機械を分かいしてみたいというのは子供(特に男の子)には良くある願望だ。
男の子などはよっぽどの聖人君子でない限り、虫ですらバラバラにしてしまうぐらいなのだから。
触れるだけでバラバラにしてしまう(夢のような)道具がコレ
↑前回も書いたが、安直すぎるネーミングとデザインはここでも踏襲されており、完全にタダのマイナスドライバー。集中線が泣ける程の安直さだ。
ベロ出しで壊れた時計にこのドライバーをあてて
「だいたいまん中のあたりにあてればいいんだ」
と後半完全に無視される使い方を得意になって説明するドラえもんだけど、この時ののび太が全然興味なしの表情で非常によろしい。
のび太にしてみればバラバラにする事の面白さを半減させるだけに過ぎないからだ。
案の定めっちゃくちゃに部品単位でバラバラになった時計を観てのび太は、憤慨して
「これじゃ、組み立てられないよ。」
と、バラバラにして元に戻す(即ち合体)願望を吐露する。
この時のドラえもんの表情が素晴らしくて、
「だからなんだ?」
「何言ってるの?」
「知った事じゃないよ」
といわんばかりのすっとぼけた「3」口の表情が笑える。
世間一般の常識とはちがって、ドラえもんは後先は結構考えてないし、愉快犯というか、自分が面白ければそれで良しといった所がある。
だが、この時の表情はそれとは何だかズれ切った、妙な気配を漂わせる。
その気配は的中して、ドラえもんは絶対に機能不全としか思えないようなズれた行動を起こしていく。
タイミングよく
「手をかして。」
と呼ぶママ(実に分かってるママ)に、
「それどころじゃないよ」
と必死にバラバラになった時計を組み立てようとする(何故?)のび太。
「いかないとしかられるぞ」
などと常軌を逸した他人事ブリを発揮して(自分がバラしたくせに)、これまたすっとぼけた表情で忠告するドラえもん。
怒るママに唐突に慌てふためくドラえもんなのだが、この唐突ブリが実に唐突で、感情の流れが全然繋がっていない。
完全に調子狂ってるドラえもんを軸に、この話はいよいよ完全に狂いだす。
「手をかせばもんくないんだ。」
とお約束の展開を口に出して、ドライバーを手にのび太に迫るドラえもん。
ここら辺りは、往年のドタバタ調を更に狂気で味付けしたような、ポーランドの前衛映画に近い不条理な感情の流れで突き進む。
で、コレよ。
↑観てヨ、ドラえもんの表情。身体浮いてるし(元々浮いてるんだけど)。のび太のバラバラぶりは、まあこの際ただのバラバラですよ。ハッキリ言って。ポイントは一ににも二にもドラえもんの表情。どうしてそんな顔してんの。
とまあ、この話合体バラバラ学的視点から見ても充分異常なんだけど、実はこういった登場人物達の半端でないシュールな行動や言動が素晴らしいのだ。
もっとものび太のここでの台詞はおおむね「正しい」。
が、この異常な世界観の中では逆にダメ発言とも言える。
今更と言う感じか。
嬉々として息子の手を居候に渡されたママのコレ
↑背景のグルグルがヤバ過ぎる。「3」口は言うに及ばず、手を手に持っちゃってますママ。ヒクヒクってもう。ただ後述しますが、このグルグルには参ったと言わざるを得ないです。絶対にF氏この時何かあったんですよ。
しかも、ママはまだ理性的というか、分かいドライバー界にのまれておらず、卒倒する。
まともすぎ。
だって、返す刀でドラえもんが
「あれっ、人をよんどいてねちゃうなんて。」
とカましてくれます。しかも心底困惑顔で。
無茶苦茶ですハイ。
ドラえもん、手を渡すときも笑顔で「はいどうぞ」とか言ってますから。
そして、バラバラになったのび太は
「しようがないなもう!」
などとまだ真面目な事を言いつつ手足の動く様を確認。
↑物体Xと言うか、ジョジョのストレイツォと言うか、モゾモゾって擬音が。合体バラバラは数あれど、ドラえもんの話の中でもこれほど執拗にバラバラの部品が描かれるのも凄い。気分は完全に「ブラック・ジャック」状態。(「まるで大根みたいに」byブラック・クイーン)
そして、散々苦労した挙げ句に、何をトチ狂ったのか腰を残して上半身に直接片足、もう片方の足を左手にして合体するのび太。
「うまくいかないなあ」
の後に
「もう一度分かいしてやりなおしだ。」
と実に味アリまくりの台詞を困惑顔で言ってドライバーをかざしますが、ここで遂に
合体バラバラ神
がのび太に降臨。
そして再びグルグルと共にコレ
↑「・」が12個で、「まてよ」。キた。キましたよ。こののび太の顔とグルグルを見続けてください。絶対に後戻り不可能です。「まてよ」ですよ実際。とはいえ、「まてよ」じゃないですよオイ。
もっともF氏は勿論読者の心境なんて待つわけ無く、絶対ギャグと言って良い、古今東西類を見ない様な信じられないような台詞をのび太に放たせる。
ずばりコレ
↑「これはこれでおもしろいじゃない。」
口に出すと面白さ無限大。
座右の銘ですな。完璧に。全てがこの台詞に詰まっていると言っても過言じゃない。いや過言か。
ポジティブ云々でなく、ドラマツルギーとして、絶対に無理な台詞というか、全然成立するわけないよこんな台詞。しかもこの合体バラバラを経て。
ネタを思いついたけど、どういう話にしようかという悩みが皆無。そおら、そおらという囃子が聞こえてきそうな、強引そのものの頂点ですな。
実際これを読んだ時の衝撃はここに極まってました。
バラバラ云々でなく(どんな云々だ)、もうこのアンチセオリーと言うか、ネタの為なら何でもありの掟破りな凄さを感じました。感じたというか、素直に死ぬほど笑ったんですが。
ここからの波状攻撃は狂いまくっていて、誰も彼もがあのグルグルから派生した分かいドライバー電波に犯されまくったのか、狂った状況に動じないばかりか、さらに輪をかけて狂った言動を起こす様は、「川を逆流するベトナムのアレ」なみ。
真顔でのび太の手を持って部屋に戻ってきたドラえもんは
「てだけじゃだめだってよ。」
と通常ならイヤと言うほど笑えるが、分かいドライバーワールドでは「まだまだ」なバカ台詞を言いながら、のび太が居なくなったことに気付く。
身体のことを心配するのではなく、
「またろくでもないいたずらを」
と自分の立場を全然分かっていない困った言動と共に探しに出かける。
のび太はのび太で片足(ううん憚られる言葉だ)でぴょんぴょん
満面の笑み
で道路を闊歩しながら、のび太名物「~宣言」をかます。
↑バラバラ宣言。この菩薩のような表情は何? スペシャルのおおとりに相応しい素晴らしすぎる台詞「バラバラにしたいぞ」が実に良い。もちろん「なんでもいいから」もかなりのレベル。背景なんにも無いですよ、既に無我の境地。心は全てバラバラの為に。
「完成してしまうとつまらない」
と言うかなり高次元の悩みを平然と軒先で呟く(何故軒先?)、プラモ青年の願望をこれまた嬉々として叶えたり、どこの誰か知らないような女の人の飼い猫と犬をバラバラ合体したり(この時の猫頭の犬はアンバランス的に異形の極み)、やりたい放題。漫画版「恐怖奇形人間」を地でいくフリーク嗜好、絶好調。
そこへジャイアン登場。
手の足で肩を叩かれて驚く、まともな反応。まだ電波が届いていない。
かたやのび太は姿だけでなく言動まで電波に汚染されまくりの一言
「あははは、おどろいてる。」
どう考えてもバツでしょう。
で、頭まで当然ヤられているのか、ペラペラドライバーの秘密をばらす不心得者。
「よくもおれをけとばしたな!」
とジャイアンがトンチをきかせても、のび太の分かいドライバー脳には届かず、
「かたをたたいただけだよ。」
などと手の足をフリフリ答える始末。
ジャイアンも早速分かいドライバーウィルスに感染するや、フィーバー状態でのび太に襲いかかる。曰く
「ドライバーをよこせ。」
もう邪教宗教スレスレ。
場面が変わって、部屋を出て探しに出かけたハズのドラえもんは、何故か部屋に戻って(行き当たりばったり)、誰かに真顔で提言している。
「このままほっとくわけにはいかないのだ!」
とまで言ってる相手がコレ
↑シュール過ぎる。ここらはもう名作「人間切断機」などの、あまたある正常話では到底あり得ない展開。残りかすで作られた第2のび太は、分身ネタにあるようなドッペルゲガー的役割など皆無で、ただただ無言の笑いを提供するのみ。何故ならこれはバラバラ物語だからだ。しかし、ドラえもんの素面顔がイカん。
「だからきみもさがすのをてつだってくれ。」
と既に別人格としてアイデンティティーを与えられた腰手のび太は、終盤信じられないような展開の引き金になる。
↑どこで考えているの?これ。腰?日常の中の非日常をうたうF氏ならでは・・とは決して言えない。
一方組んず解れつのとっくみあいののび太とジャイアンは(「いやだったら、いやだ」と強情を張るのび太だが、だったら自慢するな)、案の定コレ
↑バラバラストリート。「どうしてくれる。」なんてつまらん台詞がはけるのはまだまだジャイアンの修行不足。のび太の驚いてるポイントのズレをみよ。しかし、これほどの大ゴマでのバラバラぶりは前代未聞。
しかし、さすがバラバラ教祖のび太は冷静にコレ
↑顔だけで飛び上がってます。合体の時の笑顔笑顔。もう宗教以前に中毒ですよここまでくると。倫理的なまずさを既に云々する段階ではないが、身体の各部が完全に物扱い。
昔「鋼鉄ジーグ」と言うアニメのおもちゃがあったのだが、それがまさに磁石で身体がバラバラ合体できて、身体の部品を武器に変えて遊べる素晴らしさだったが、思わず頭に足をつけたり股に頭を付けたり、武器を首に付けたりと、とことんまでも異形ブリを堪能できる魅惑のおもちゃでもあった。
これは絶対に持っていた子供の10人中13人は(遊びに来た子供含む)やったとみるが、いかがだろう。
この話はそういう安易に身体を強化してえ、と言う努力否定欲も文字通り実践されているのだ。
それ故ののび笑顔なのだ。
もう「どろろ」の百鬼丸が嘆くこと請け合い。
(アンチ手塚? 師匠に杯を返してる? ないない)
奪うやいなや
「はやい者勝ちだい」
とのび太も教祖の強気で、大胆発言。ヒエラルキーの非情さをとことん提示して、ジャイアンボディで高笑い。
「ああ、いい気持ちだっ。」
「っ」がいいですねえ。これほど知能指数の低い台詞も知性派F氏には珍しい。(いやよくあるんですがね)
かたやのび太の異形ボディとドライバーを手に入れたジャイアンはジャイアンで「~宣言」第二弾。
「せめてこれをつかって、うんといたずらしてやんなきゃ気がすまねえ。」
カッコイイ!
どうせ最初からそのつもりだったくせに、意味不明のやけくそブリ。
「せめて」
ってのがかなりポイント高し。
次のコマでイキナリ怒りは治まって(つまり分かいドライバーってる訳です)、自転車や車を盛大にバラバラ。もう全編バラバラですな。
そこで自動車をバラバラにされたベレー帽パイプのF氏ライクなおじさんが激怒。
加えて自転車をバラバラにされたいかつい、A氏が描きそうなおじさんも激怒。
その二人がタッグを組む。(藤子不二雄)
この時のAおじさんが何故か寝間着なんですよ。サンダル履いて。
毒素振りまかれ過ぎ。
で、怒る。当然だ。だが、コレはいかがなものか。
↑「とろうではありませんか。」冷静に気が狂ってます。分かいドライバーの魔力は存在に関係なく地域一帯に拡がっている気配むんむん。Aおじさんの表情が邪悪でナイス。さすが本家(違うって)。「のこりじゃないか」ってのも理論的なようでいて、毒気ありすぎ。
「べんしょうしなければこれをかえさないことに。」
と立て続けに沈着だが狂った計画を進めていく。
「弁償」を持ち出す所が大人だし、「返さない」と脅迫までしての駆け引き感。
隠れて青ざめるのび太だが、直ぐに思いもよらない救いの神が現れて事態が急転直下で解決する。
隠れていた廃屋の解体作業に困る(渋過ぎるネタ)おじさんと工事の人の話を聞きつけて、それを請け負う訳だが、こんなのもう無茶苦茶。行き当たりばったり極まれり。
もう開いた口がふさがらない程の展開。
そして、この壮大なクライマックス。
↑バラバラの定義が一つの話の中でコロコロ変わる。しかし、この一大バラバラ神話に相応しい壮大なスケールの大きさが全てを受け入れさせる。(嘘)
500万円クラスの仕事を請け負っておいて、自転車と自動車の弁償にあててしまうのび太もなかなか男前です。
次のコマでいきなり元通りののび太(なんだよソレ)に、いつの間にかすっかり捜索を「腰手」に任せたらしいドラえもんが呑気にあぐらをかいて満面の笑みでお出迎え。
そしてこの台詞
「それにこりたらもう、ぶしょうしないことだね」
自分が元凶なのに!
次のページすら念頭にないようなF氏のアドリブ感覚というか、ライド感がこれほどガッチリと成功している例もあまりない。
オチに頭を差し出して
「わるいけど歯をみがいてきてよ。」
「ちってもこりていない」
なんて全然懲りてないのび太も含めて、何言ってやがる状態だ。
とまあ、改めてその爆裂ブリに平謝りな感があるが、とにかくポイントは二つ。
「グルグル」
と
「これはこれでおもしろいじゃない」
これに尽きます。人生全て↑これで生きたいもんですよ。
さて、二回に渡ってお送りしました「合体バラバラの世界」ですが、こうまでありとあらゆる合体バラバラ願望を正面切って、しかも明るく楽しく(?)描ける作品は、どう考えても「ドラえもん」しかないですよね。
さすがライフワークです。F氏の。
ではでは。
(引用エピソードはこちら)
「分かいドライバー」収録
長らく日の目を見なかった「分かいドライバー」ですが、大全集の刊行によって公に読めるようになったことは大変嬉しいことですね。