変ドラ第三回

「わらってくらそう」

てんとう虫版8巻より

12巻を続けるとか言っておきながら、いきなり8巻の話です。まあ、そこんところは適当なので気にしないでください。

ドラえもんは掲載誌が様々ありましたので、ページ数もそれぞれの掲載誌に合わせて様々な種類があります。
長い話は大長編から、短い話は見開き2頁だけだったり(代表的なのは「ボールで空へ」でしょうね。これも大好きですが)

この話も標準よりちょっと短い4頁だけ。
ただ、だけあって、完全にワン・アイデアのみで構成されている珠玉の爆笑編に仕上がっており、そのワン・アイデアとは

「ゲラゲライヤホン」なる道具を耳にはめたのび太が、どんな言葉を聞いても爆笑してしまって、散々な目に遭う

と言うナンセンス極まるネタ。

ホント全編それのみ で構成されているのが、流石F氏というかなんというか。

扉の絵からしてコレ。

↑悶絶してます。鼻水垂らしてまで息苦しいほどに笑うのび太も凄いですが、もたれかかられて困り顔のドラの表情と、傾いて床についた手がなんともリアルというか。のび太ももたれかかってまでって所が初っぱなから笑わせてくれます。

「なんかおもしろい話ないかな。」
「世の中が楽しくなるような話。」

退屈したのび太が唐突にドラえもんに話しかける台詞からしてもうなんだか変で、「世の中が楽しくなるような」と言う意味不明なグローバル感。何気なく笑いに飢えきっている風がうかがえますが、ポーズ的には押入にもたれて、ホントに退屈しているんだなと判る。

それに対してのドラえもんの態度も相変わらずで、

「ない」

の一言(しかも本を観たまま完全に無関心)。前回も書いたけど、ドラえもんってクールとホットの差が激しすぎ。

のび太の返しも不条理極まっていて、

げらげらわらいたいんだよ。」「ねえ、おもしろい話聞かせろよ。」

と詰め寄る始末。

「げらげら」も相当変ですが、「ろよ」と言う横柄な口調も、詰め寄る理不尽ぶりと合わせて変過ぎ。

わらい話を聞かせて欲しい態度とはとても思えないので、当然ドラえもんも半ギレで「ないってば」といなしますが、直ぐに例の「ゲラゲライヤホン」を取り出すわけです。


もう、そのネーミングだけで勝っちゃってますが、ここからの先のワン・アイデアの畳みかけの凄まじさは比類が無くて、とにかく笑ってしまう異様なボルテージ。

まさにメタ的にネタ自体が「ゲラゲラ」なんですな。だって、本質的な笑い話自体が無いのに、全編ゲラゲラさせるなんて反則スレスレの強引さですもん。

でもいいんです。ゲラゲラさえできれば。読者ものび太も。

そのゲラゲラの図式を読み解いてみたいので、まずコレ。

↑のび太豹変しすぎ。あまりにも突発的に爆笑してます。この漫画的間合いの凄さ。笑い擬音もすこぶる最高。アーッハッハだって!

漫才ブームの時に、同じネタでも笑いの「間」が素晴らしいと、客の空気が「間」によって笑いの空気に転換され、その空気に触れることによって笑えると言う状態にたびたびなっていたが、一部はそれに近い物だと思う。

「トムとジェリー」の名作『ねずみ取り必勝法』でも、ジェリーをおびき出すために、トムが何だか分かんない本を大爆笑しながら読んで注意を引くという荒業きわまるギャグがあった。ただただ爆笑するその爆笑ブリ自体がおもしろいと言う神業級のギャグのそれに近いかもしれない。

心底ゲラゲラしているのび太の絵がまさにそれだろう。加えてドラえもんがまるっきり素面(当たり前だが)なのもそれを対比法として際だたせている。何で正座してんだよドラ。

「どう? ぐあいは。」なんて台詞面白くもなんともないハズなのに、読んでる方も何故かのび太と同じように爆笑してしまうのだ。

結論としては完全にネタ勝ち

「そんなにおかしいか。」だってってもう無茶苦茶。ひっくり返って笑うのび太はただただゲラゲラの権化。

そのままドラえもんを置き去りにして、部屋を出るのび太の

「わらうっていいことだ。」

ってのはテーマなんだろうけど、そんなことは体現させるという極めてストレートかつ高度な技法で読者に伝えている。

そして、波状攻撃が始まる。次はママが唐突に現れて小言。
そこでも当然、

フヘヘヘ、グフフフ、イッヒッヒ


とお腹を押さえての哄笑。F氏のこの笑い声のイキっぷりは擬音のセンスからして猛烈。F氏は案外知られていないが、擬音のセンスが抜群(それをそのままネタにしたりするぐらいだから)

↑まさにごもっとも。「いきが止まりそう」とまで言われてのたうちまわられてはママでなくても怒髪天をつくはず。これぞギャグマンガ。

で、やめればいいのに外へ泣き笑いで出ていくのび太なんだけど、この作品なんせ4頁しかないのが功を奏して、一コマも開けずにコレ。

↑イキナリ真顔。唐突に嘆いているしずちゃんを観ているのび太の真顔というか、そのフルサイズの何とも間の抜けた構図が計算され尽くされたギャグ。F氏はこういう「間」がホントに巧い。もう2コマ先の展開までモロなのに、突然のび太が「素」ですからね。しかもよせばいいのに、話しかけてるのがなんともバカ極まっていますのび太。それでこそギャグマンガの主人公。
挙げ句にお約束の「プーッ ク。ク。」って吹き出しちゃうのがもうゲラゲラ。目の中「への字」が3段になっちゃってますのび太。

しずちゃんのカナリヤはしょっちゅう逃げては騒動の元になったり、時には人類を救ったりもしますが、突然殺しちゃってるあたりもF氏の「面白ければOK」主義が貫かれていて心地良いです。

しかもぶっ続けて全然表情を変えずにジャイアンがバナナで滑ったりして、もう臨界点突破。笑激の嵐。

↓で、このボロボロぶりから凹んでるのび太のコマつなぎと、満面の笑みで戻ってくるドラえもんが律儀というか笑えます。

お約束の一つ一つをキチンと守り、なおかつそれを突き抜けさせると異様に面白くなってしまう見本ですね。

最初は漠然と流してしまうんですよ。4頁しかないから。
ただ、ある時気付いてしまうと戻れないんですよね。この手の話は。何度観ても爆笑してしまって。

F氏は落語にかなり造詣が深いそうでうが、これなんて完全に完成されちゃってますね。
「ゲラゲライヤホン」なんてネーミングセンスとネタとのうち解けブリが破壊力ありすぎです、結局。

 

と言うわけで、大長編とか感動話も最高なドラえもんですが、是非手元にあるドラえもんを読み直してみて欲しいですね。
一冊に一つは必ず「おいおい」ってな程イカん話がありますから。笑い的に。

ではでは。