変ドラ第九回

「世の中うそだらけ」

てんとう虫版9巻より


ドラえもんの数多いモチーフの中に「ウソ」がある。

エイプリル・フールのネタは風物詩と言って良いほど多くあり、掲載紙が学年誌という事もあって、「うそつ機」や有名な「帰ってきたドラえもん」でも重宝される重要なキーワードと言える。

また、ドラえもんの道具にはよく「薬(ドラッグ)」系のモノも数多い。

それはもうのび太は薬漬けと言っていいほど、呑まされまくっている。

今回はその二つのモチーフを持ち合わせてなお、F氏の得意中の得意技である「畳みかけ」を縦横無尽に堪能でき、加えてドラえもんワールドの中でも一般的にかなり有名な「詭弁」が登場する話である。

ではお送りしましょう。

「世の中うそだらけ」
(タイトルからしてもう……)


先述したように「ウソ」はドラえもんのネタとしては良く扱われるネタだが、実はこの話には「ウソ」はない(なんだそりゃ)。ネタとして用いられているのは「詭弁」「疑心暗鬼」だ。

「疑心暗鬼」というのは、

一度疑い出すと、ありもしない恐ろしい鬼の形が見えるように、何でもないことまで疑わしく恐ろしく感じてしまう

と言う意味の言葉だが、この話はまさにそれの畳みかけがあまりにも面白い話なのだ。

それだけでも相当に面白く、相当に高次元のネタと言えるが、それに加えて

「詭弁」

と言う更に高度なネタまで持ってきて、滅法知的なギャグ巨編と化している。

:詭弁
道理に合わぬ弁論。こじつけの議論。

まあいい。論より証拠。とくと堪能アレ。

まず話はのび太とドラえもんが少ないお小遣いの使い道をあみだで決めて、100円のアイスクリームと50円のアイスクリームを二人で買うことにする場面から始まる。

ここでのび太は100円のアイスになって大喜びしているが、ドラえもんに「早く買ってきてよ」と言われて、

疑いもせずに自分で買いに行く。

信じられないようなお人好しブリだ。

この話はのび太のあまりのお人好しブリを見かねて、少しは疑うことも覚えろと言うドラえもんのリアリスティックな余計なお世話が巻き起こすドタバタだが、小学六年生(初出は75年小学六年生7月号)に対してコレはあまりにも道徳的に毒がありすぎるのではないだろうか

まあ、それもこれも面白すぎるからなのだが……

↑紛れもないお人好し面。個人的にはのび太のそう言うお人好しなところは大好きなので、結構この話は心が痛い。

舌まで出してドラえもんの分も買っている。何と良い奴なのだろうのび太よ。

そこでジャイアン登場。

ジャイアンはアイスを買いに行くのが面倒なので、50円を渡してのび太が買ってきたアイスを奪うわけだが、その50円を持って「またひとつ買ってこなくちゃ」と心底良い奴ののび太を呼び止め、「やはり百円のにする」と先ほどの50円アイスと交換。しかし、差額分の50円を払わずに、なんと「どうして?」と言い放つ。

ここからジャイアンが披露するのが有名な詭弁術だ。

つまり、

「はじめに五十円払ったな。今五十円のアイスわたしたな」

そしてコレ

↑決まった! 目の白黒ブリが詭弁家としての自信にあふれていて大好きなんですが、注目すべきは「ちょうど百円」と納得しきっているのび太の笑みだ。

子供の頃はすっかりこのジャイアンの詭弁術にはまってしまって、完璧にのび太と同化してました。

ドラえもんが何で嘆いているのかホントに理解できなかったモノ。ははははは。

この後でも

「百五十円もってってどうして五十円の二こしか買えないんだよ!」

と、実に簡潔にまとめられた種明かしをドラえもんがしているのに、

「ドラえもんもあまり頭よくないね」

とまで言ってしまうのび太。

もうお人好し極まれりというか、言っては何だけど単純にヤバい。
でもホントに子供の頃は分からなかったのだから、下手な教科書よりもドラえもんを読ませた方が絶対に日本の教育にとってプラスになると思うんですがね。

↑演出上やむを得ないにしても、このアイスの食べ方はお人好しすぎるぞ。ピタピタペタペタって擬音も絶妙なお人好しブリ。さすが食べっぷりキングのび太なだけに、食べ方一つでキャラクターを全て表現しちまってます。しかし、ドラえもん冷たい表情してますわ。

なんとかしなくちゃと言うんで、取り出した薬が「ギシンアンキ」(壁紙参照)。ネーミングが全てを表していて素晴らしいが、やはりあの悪魔の絵がいいですよねえ。後半出てくる「スナオン」(わはははは)って薬は天使の絵です。素晴らしい。

↑最悪ですな。この薬。CIAとかが使う自白強要剤とかとは効用が違うけど、根っこの怖さは似たようなモンです。ホントにありそうだなこんな薬。なんかゲシュタポライクといいますか、ネオナチ的共産圏的ですなあ。

おどろおどろしいバック効果もやり過ぎの感ありで、なんでそんな薬を友達ののび太に呑ませるのか理解に苦しむね。いや面白いから良いんだけど。(良くない)

↑一言云えって感じですが、あまりにも満足しきったのび太の食い上げぶりに、放り込みたくなる気持ちも分かる。

これほどお人好し演出を徹底するのは、薬の作用で疑心暗鬼になってしまったのび太(かわいそう)との対比なのだが、ホントF氏は演出のなんたるかを心得ていますな。

だってコレだもん。

↑たち悪過ぎ。この話、のび太は殆どこの「キョトキョト」面な訳ですが、目つきが完璧に疑心暗鬼してます。「ほら、」と言う読者へのドラえもんの親切なコメントも良いですが、「目つきがかわってきた」と言うのはどうかと思うね。

「もう少しこすっからくてもいいがなあ。」
とか、
「正直者がバカを見る世の中なんだから、」
と言う風に、哀しくなるほど現実的な事を考えるドラえもんが、効果あげまくってます。(でもアイスをぺろぺろ箱の底まで舐めているのは猫っぽくてマル)

で、いよいよのび太の疑心暗鬼道の始まりだが、いきなりコレ

↑盲目的に突っかかってます。取りあえず疑う。イキナリ隣にいたドラえもんに脈絡無く「ごまかしたな!」とイチャモンつけ始める暗鬼のびが素晴らしく爆笑。ドラえもんも流石に「3」口ですねえ。

呑んだ途端コレもんですからね。ここからの展開が見えて見えて堪らない。

しかもこの後3コマかけて無関係のドラえもんを疑う疑う。

↑ドラえもんの必死の台詞が笑える。たしかに「それしか考えられない」程明白な事に対して、クドクドと一方的に取り付く島の無さ。のび太が強烈にキョトキョト。

やれ「ほんとか!」
やれ「ウソじゃないだろうな!」

と、もう全然文句に整合性なしのイチャモンぶりにドラえもんもあきれ果てて(まあ、自分で呑ましたんですが、そこらへんはいつものことです)「しつっこいよ」と逆ギレ。

でもホント暗鬼のびのしつこさがこの話のキモなんですよ。

自分の詭弁術に気をよくしたジャイアンが、食ってかかってきたのび太に珍しく素直にお金を返そうとする。ここら辺もソフィストぶっていて何だか知的。

だが、

↑うわあ、のび太のポーズ。後ろ手にあの目付き。強烈な暗鬼ブリ。こんなのび太はホント滅多に観られない代物。ジャイアンの「このバカ。」も何気に強烈で、こんな会話子供時代に(今もですが)御免被りたい。

そして暗鬼のびの宣戦布告。

↑半グルグルと相まって、ヤケにカッコイイ「よく聞けよ。」が強烈。考え抜いたっつっても1コマも考えてないですけどねのび太。薬で気が大きくなる話はほかにもあるけど、コレは別格モンの強気です。疑うだけでこれだけ大きく出られるのだから、普段いかに抑圧されているかが分かりますな。
しずちゃんのパパもコレを観たら、あんな名台詞は言えなかったでしょうね(「のび太の結婚前夜」25巻参照)

いよいよ始まる、暗鬼のびによる詭弁を越えた詭弁。ノーカットでどうぞ!

↑凄すぎる。煙にまかれっぱなしのジャイアンですが、我々だってこんなことをこんな目つきでこんなにまくし立てられたら(「百円よこせ。さあよこせ!」が最高)、そりゃ焦ります。
しっかし台詞多すぎるぞ。

F氏はホントに凄いですよ。ジャイアンの詭弁を逆手にとって、更に加えて五十円上乗せの詭弁術。決して勢いだけじゃないですよ。「だからもらってないのと同じだ」ってのがポイントになるんですな。同じじゃないっての。

でまあ、当然コレ

↑そりゃあ殴るでしょ。あんなイチャモン付けられたら。得意の顔面めりこみパンチが炸裂。必ず律儀に後方へ吹っ飛ぶメガネも素晴らしいが、髪が何故か逆立っているのもポイント。

しかし、ここでやはりカマしてくれるのび太宣言

↑コマから突き出た人差し指や集中線と相まって、悲壮なまでの宣言。薬の力とは云え疑うことを知らない純真なのび太がここまで云ってしまうと、読者としては突き放された気分だ。

「百円とるまでは死んでもはなさない」

と、文字通りボロボロになっても食いついて離れない暗鬼のびにはどう捉えて良いのか難しい種類の笑いが満ちている。百円ごときで「死んでも」って所が次元低くていいんでしょうね。

挙げ句にコレ

↑でも気持ち分かりますよ。ホント。いじめられっ子がキレるとまさにこんな感じですよね。メガネの中真っ白ですからね。「百円どろぼう!」ってのも凄い。あのジャイアンをこれだけ追いつめるんですから、疑心パワーは凄いです。

考えるに、この薬は元々ある疑わない心を逆転させてしまう作用があるんでしょうね。だから、もの凄いお人好しだったのび太はここまで猛烈に疑心暗鬼になっている訳です。

なんかホントかわいそうだなあ。

でも、ここからジャイアンを探し求める暗鬼のびの疑心ブリは仰天するほど面白い。

全てに対して何もかも疑ってかかるわけで、その表情と相まって壮絶な面白さ。

↑スネ夫ですらこの扱い。ホントならこのネタってスネ夫でやるのが順当なのに、ジャイアンにしちゃった所がスゴイですな。しかし、この時ののび太のポーズときたらもう。押しとどめる手がヤバヤバ。

いきなり友達にこのポーズでこれ云われたら恐いでしょうね。

しかもコレされた日には。

↑病院直行モンですな。引きちぎらんばかりの疑りブリ。「変そう」といく所が爆笑。「きみがジャイアンだな!」

あまりの被害の拡大ぶりに(ちゃっかりしずちゃんのスカートをめくってるあたりがのび太の素晴らしいところ)、ドラえもんが慌てて先の「スナオン」(いやあ、笑えるネーミング)を呑ませようとするが、

↑でましたキョトキョト!シャクシャクに並ぶ名擬音。
対処療法で薬を呑ませちゃう辺りは未来社会っぽいですが、「さあ飲め」と云われて呑むわけない。

ここでも徹底的に疑いまくるのび太がピカレスクヒーローと言う感じで、カッコヨサすら漂わせてきます。

「ははあ、わかった。みんなでぼくをだまして笑うきだな。」

これを云われたときのドラえもんの仰天面がなかなか良いんですが、この前の台詞

「せっかくうたがいぶかくなったのに、なおったらまただまされるぞ。」

全部ひらがなですが、ドラえもんの行状がいかに罪深いかをあらわす台詞として興味深い。「せっかくうたがいぶかくなったのに」ってのは余りにも哀しく寂しい。

↑ドラえもんに呑ませてコレですからね。暗鬼のびは冥府魔道へ一直線。

フヒフヒと完全にイってしまうのび太の陥る疑心三昧は笑える。

犬が吠えれば「ネコのくせに」
クラクションを鳴らされても「ブブウだって」

もうジャイアンなんか眼中にない疑い道。

そして爆笑の疑い過ぎがコレ

↑看板にまで! 最高にカッコイイです。アンチヒーローの頂点。俺は何も信じねえ!

疑心暗鬼に対抗して、トンチをきかせたドラえもんのおかげで(って自分のせいだが)、やっと元の素直なのび太に戻ってめでたしめでたし……

にならない所がこの話のすさまじい所だ。

そう、もう一人の詭弁家ジャイアンが残っている。自分のまいた種とは云え、「死んでもあきらめないぜ」とスネ夫どころかしずちゃんにまで脅されたジャイアン。

腹をくくってのび太の前に現れる。

↑のび太のうってかわった「3」口面がいいですねえ。全然疑ってません。ジャイアンの「まあまて、おれの話をきけ」っていう自分でリードしていく話っぷりが好きです。こんな台詞現実世界ではあまり言えない台詞ですが、言ってみたい台詞です。

そして、その彼がカマした一世一代の、そして日本で最も有名な詭弁がコレ

↑もう詭弁ですらない。事実そのものだ。この言い回しこそ詭弁中の詭弁。この為にこの話は存在しているといっても言い過ぎではない(はず)。アリストテレスやソクラテスなども裸足で逃げ出す超事実。ジャイアンはコレのみで詭弁論の歴史に名を残すに値する男なのだ。ツチノコなど、どうでもよい!

が!!

なんと、のび太はここにきて更に主人公の面目躍如!

常人の考えの及ばぬ常軌を逸した反応を、みせてくれる、やってくれる!

それがすばり、アレに対してのコレ

大喜び。何物も敵わない超越した何かがある。アレを云われてコレだけの純真無垢な喜び様は人間業じゃない。ジャイアンの自信満々のポーズも加えて、漫画史上最も高次元の知的対決は幕を下ろす。

通常幾つかに分けても充分すぎるネタがこれほど高密度に混じり合って、しかも破綻せずにただただギャグとして昇華されているのには、両手をあげての賞賛しかない。

説明していて、どうにものび太が可愛そうで笑えない様な気がしてくるが、何のことはない本編を読むとそんなモノ考える余地など無いほどの爆笑の嵐。

ドラえもんを読んだことのある人なら一度はこの詭弁ネタで話が盛り上がった経験があると思う。

読み返すまでもなく面白い話なのだが、読み返すとやっぱり面白かったので紹介してみた。

 

おまけで一つ

「あるオランダ人は、借りた金を返さない。」
「あるオランダ人は、背が高い。」
「ゆえに、背が高い男は借りた金を返さない。」

完璧に間違ってますな。

ではでは。


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