変ドラ第四回
「悪魔のパスポート」
てんとう虫版13巻より
F氏はドラえもんなどの日常ドタバタ漫画以外にも「異色短編」と言うジャンルも多く手がけています。
今回の話は「ドラえもん」を描いていたら筆が滑って「異色調」になってしまったとしか思えないほどの「異色短編」エピソードです。
話は相変わらず簡単で、
と言う構造。
ところが、通常の話と違って異色調なのは
「道具でなんとかしよう」
とするのではなく、
「悪党になるから道具を欲する」
と言う、のび太の動機が常になくイカン事。
その転倒ぶりからもこの作品が異色短編にかなり歩み寄っている結果に繋がったんでしょうな。
以下爆笑コマと合わせて異色コマも取り上げてみました。
先ず
「お金を取ろうと」
思い立つくだりですが、実際はちょっとニュアンスが違って、のび太の中では
「かってに前がりして、三日後に返しとけばいいんだ。」
という、実に資本主義的といいますか、福本伸行的ざわざわ感満点の理屈なんですね。
絶望からの逆転ホームランの思いつきのはずなんですが、「かってに」って言明しちゃってます。口に出して。
そこで有名なコレ
↑何気なく日常でもこの台詞は使ってしまいます。ランランランを含めて。殆ど無意識に使ってしまうあたりかなりインパクトのある台詞&挙動ですね。まあ、この話自体相当記憶に残っている人も多いでしょう。それは誰でも一度や二度はこういった事を思いつくからですね。
しかしのび太はホントこういうことばっかり考えてますよね。未来の自分が貯めた小遣いをぶんどろうとか。まあ、金絡みのエピソードはどれもこれも傑作揃いですから。
ところが、のび太がママに見つかったときのその表情があまりにも強烈なので、子供のこういった衝動への抑止力として充分に機能しています。(これぞ児童漫画!)
その想像を絶する恐怖顔がコレ。
↑脱糞ものですよこりゃ。震え上がります。こんな現場を見つかってしまったと言う想像しただけでふるえる様な「あまりにも身につまされる」状況、震え上がったのび太の絶望的表情、汗、効果的すぎるバック効果、腰に当てられた手、襟首をつかむというママのポーズ、そして、その目!トラウマ必至の凄い形相。
怖すぎます。 全ドラ中でも1,2,を争う恐怖面です。
この後実際に怒られるシーンがなくて、泣きじゃくるのび太のコマへ飛ぶあたりがまた強烈で、
「な、なにも・・・・・・・」
「あ、あんなにしからなくても・・・・・・」
と言う台詞が恐怖場面をまざまざと表現していて、全然ギャグマンガになってないです。
この時ののび太の顔は顔面全域に縦線入りっぱなしで、真っ青という共通イメージを読者に植え込みまくり。説得力ありすぎ。
のび太はママに「どろぼう」と言われたそうですが、完璧にそのものズバリなので、ドラえもんもフォローのしようがない。
ただ、あまりにも身につまされるのか、ドラえもんも通常なら言いそうな説教もなく、なぐさめたりしてます。
(まったく笑えないです、このあたり)
そして、そろそろ漫画的にも、ギャグを入れていかないとマズいのにも関わらず、F氏スリップしっぱなしで、ブレーキが全然きかないままコレ
↑「ようし」の3連発!! その三段活用自体も相当ヤバいですが、注目すべきは右の後頭部での「ようし……。」。吹き出しの波うち方からして恨み節な感じが強烈極まり、猛烈にマズいです。ドンドン異色ってます。当然のび太の全網掛けやF氏得意の狂気目も(よく見ると握り拳も)イカんぶり全開で、読んでいてハラハラしてしまう。ドラえもんのキョトン面も「3」口もF氏のフォローのつもりなんでしょうが、今回はまったく効果なし。
ここで決定打であるのび太の明言
「世界一の悪者になるぞ!」
両拳握りしめちゃったりして(勿論目は狂気目)、背景スクリーントーンで迫力充分。「仕方ないなあ」と言うドラえもんの表情が痛々しい事この上ない。
そこでのび太に腹(ポケットですが)を探られて、いよいよ「悪魔のパスポート」がお出まし。
英語で「PASSPORT of SATAN」って書かれちゃってるあたりがギャグなのか何なのか判らないですが、いつもの道具っぽい登場の仕方も勿論笑いには転換しない。
ただし、そんな中でけっさくなのは、悪魔のパスポートの事をベラベラばらしてしまうドラえもん。
↑「そう! すんじゃうの!」じゃあねえっての! 真剣に困りまくった表情でベラベラばらす畳みかけはドラマツルギーを超えてシュール・ギャグと化してます。ドラえもんベラベラ過ぎます。その後で「とんでもないっ。」と狂乱するのが拍車をかけます。カットバックを使った映画的手法が冴えまくる好演出ですが、ホント何故バラすドラえもん・・・・
そして作中もっとも印象深い異色短編コマがコレ
↑これ殆どのドラえもん読者の脳裏に焼き付いちゃってるんじゃないかなあ。悪魔のパスポートと言えば、十人中九人はこのコマを真似すると判ってくれる。のび太の目が真っ白です。のろいのカメラの時も近いものがありましたが、こっちは影が思いっきり悪魔になってます。インパクトありすぎ。ベルデカ一つで悪魔が絡んじゃう破綻ぶりというか大風呂敷ぶりはF氏の独壇場ですね。
パスポートの効果をこれ以上無いほど表現しつくしたコレも相当クる。
↑完全に魅入られちゃってます。悪魔に。凄いことになってるんでしょうね頭の中。ロボットでも容赦ないです。悪魔だから。帰ってきたとき泣いて抱き合った仲なのに……
もうこうなってからにはF氏得意の畳みかけ演出で、のび太の悪行三昧。
完璧にF氏の異色短編アクセルはベタ踏み状態。
↑でったああ!名セリフ!!来ました異色短編演出。バックの縦線、顔面の横線、人差し指、狂気目、オールコンボで悪魔のび。「まず」お金ですからね。リアル過ぎます願望が。夜通し起きてたいとか、サザエが食べたいとか、そんな柔な願望じゃないですよ。直球で「金」。うううん真っ黒。
そしてついにママから金をまんまとぶん取ったのび太は、もう止まらない。
↑「めちゃくちゃやっちゃうぞ」も凄いんですが、その前の「もう、」が実に効果的に黒い。のび太の憤懣やるかたなしブリがどんどんエスカレートしていく後半へののろし。
一人で鼻息荒く道を闊歩しながらの願望独白は猛直球剛速球。
曰く
「銀行のお金をありったけ盗む」
「気にくわないやつは…殺す」
「世界征服をくわだてる!」
もうそれしかないだろうっていう程の悪ぶり。「世界一の悪者」を貫通目的にしているだけあって、キチンと「世界征服」と言うスケールのでかさが素晴らしい。「ありったけ」ってのも完璧。「…殺す」って、殺人願望まで吐露しちゃって、さあどうするのび太。
ところが、のび太のやることはゴミ箱倒し。
でもこれって凄く迷惑だし、迷惑ぶりがいち早く眼前で判るあたり、結構のび太快感原則を判ってます。
↑笑っている子供もイイ感じだけど、やっぱり注目ポイントはバケツをかぶって両手ぶらりのおばさん。ナニされたかが曖昧なのも怖いけど、絵がもう…なんて言うか怖い。いやあ、F氏ノリノリなのが見える見える。
やりすぎたかなと反省の気配を匂わせつつも、全然F氏止める気なし。
↑やってやろうじゃないか宣言。なんかブラック・ジャック風な感じ。言ってることは天と地ですが。自己の在る状況を握り拳で口角泡をとばして絶叫。いいなあ自分の疑問に自分で「いいや」って答える完結ブリがしびれます。悪魔の力を借りて目覚めるのび太を、敢えて途中に入れてまで暴走を煽るF氏のこの話における異常さが垣間見えて凄い。もうテーマ的にハマっちゃったんでしょうね。異色短編界に。
でもって、とどめがコレ
↑これぞエロティシズム。いやいやながら抵抗出来ないしずちゃんの表情を見よ。この超高度エロ。F氏ギヤトップで吹かしっぱなしです。異色エンジンを全開アイドリング状態。公害どころか、もはやテロリズム! これがなきゃ嘘です絶対。教育問題お構いなしの願望充足。のび太も読者も作者も全員満足。まさにウィンウィン!
そして、のび太の悪行道も終点である目的地にたどり着く。
本来の目的であった「ベルデカ」だ。
↑こんなもののタメにママはお金を取られて、近所はゴミ箱を倒されて、スネ夫は部屋を土足で踏みにじられて、おばさんはバケツをかぶせられ、ジャイアンはボコボコ、先生はカンニング宣言され、挙げ句にはしずちゃんまで信じられないような辱めを受けたわけだ。
「ベルデカ」
ネーミングセンスも最高だが、やはりこの話で登場したことが一番読者の記憶にとどまる原因だったと思うね。
この話はのび太の善なる心が悪魔に打ち勝つ様な形(表現はもっとライトだけど)で収拾がつく訳で、ドラえもんとしての啓蒙性にあふれたイイ話だと思う。
ただ、この話はどう考えてもF氏の暴走ぶりが心地よすぎます。
読み直しても笑いどころがほとんど皆無で、列挙したような異色短編調な所が笑えるだけです。
(ランランラン除く)
ただ、それ故に数多くの読者の記憶に残る作品になっているのもそこの所だと思うんですよねえ。
いやあ、ベルデカ欲しさでもあそこまでしちゃいけないです。全国のママさんパパさんも子供がベルデカを欲しがったら買ってあげた方がいいかもしれないですね。子供はこれぐらいやりかねないっすよ。
と言うわけで、ドラえもんはこういった真っ黒系の話も結構あったりするので、機会があれば取り上げてみたいと思います。
ではでは。
【追記】
名作といってもいい『悪魔のパスポート』は「小学四年生1976年6月号」に掲載されました。三年生が四年生になってさあこれからGWだぞ! という5月頭に発売ですかね。F先生ときたら遠慮の「え」の字も感じられずに進学した矢先の小学生にナックルパンチ的にこのエピソードを叩きつけていますよね。一番子供が「金に執着し始める年齢」なのかもしれませんし、困ったことに人間はソレ以降よほどのことがない限り人生の終点までお金の呪縛に縛られてしまうわけですからねえ。「なんでもできてしまう」という極めつけに危険な特性を持つ道具としても名高いですが、やはり「ベルデカ」とそれに起因する「かってに前借りしようとしてコテンパンに怒られる」という、子供が一度は通過する体験が発端になっているのがこのエピソードを唯一無二のものにしているんじゃないですかね。
それぐらい子供の時に読むと身につまされて一生トラウマになる破壊力を備えています。
とまれ、作劇的な特徴や、F氏の卓越した画力によってもたらされる「不吉」なムードは、この後こどもたちがいつか通過する「F先生の異色短編世界」に対する予習にもなっているという点でもこのエピソードの存在意義は大きいです。
もっとも、実はF先生がSF(異色)短編を発表し始めたのとドラえもんが始まったのは殆どリンクしていて、陰と陽の様な関係になっていますから、当時熱心にF先生の作品を読んでいた人からしたら、「ふふふ、小学生向けでもやってくれてますなあ」という感じだったんじゃないでしょうか。だって、このエピソードの発表の時って殆ど同時に『大予言』なんか描いちゃってますからねw
ではでは。