変ドラ第13回ドラえもんプラス収録記念

「イイナリキャップ」

FFランド版2巻収録、
てんとう虫版未収録
ドラえもんプラス5巻
より

 


第二回国会図書館紀行のさいに「ターザン・パンツ(オリジナル)」と共に、「これは外せません」と薦められた作品があった。

「ターザン・パンツ(オリジナル)」と一緒に薦められると言うあたりに、その作品の持つ特性は何となく勘付いていたのだが、案の定そういう作品だった。

ただ、「ターザン・パンツ(オリジナル)」や「分かいドライバー」などが付録とされた問題誌である「てれびくん」とは違い、今回の作品は1973年の小学五年生12月号が初出である。言ってみれば正規版だ。

まあ、そうはいっても正規版だから普通だと捉えるのが相当危険だと言うことは、ドラえもんファンとしては日常的常識である。

てんとう虫コミックに収録されていても油断のならない作品群が多いドラえもんなので、てんとう虫コミックに収録されたなかったと言うのは、それ自体かなりの規格外である。

では、どう規格外なのか?

それはこれを読み終えたときに明らかになるでしょう。

タイトルは

「イイナリキャップ」

F氏得意の「帽子系道具」の一つだ。

先ず扉画を見ていただければ一目瞭然なので、まあ見ていただきたい

↑コロコロに負けないほど面白すぎる煽り文句が最高だが、この扉画だけで充分作品の骨格が骨の髄まで理解できる辺りがかなり凄い。ポイントは勿論お皿と、あぐらライオン。

「ターザン・パンツ(リメイク版)」でも指摘したが、あちらの元ネタの一つとしてもこの作品は捉えられるネタであり、事実重複する場面もある。

ただ、どちらにしてもリメイク版がリメイク版に過ぎないことを証明する紛れもない事実がこの作品にも漲っており、先ず今となっては陽の目を見ることの叶わないその要素はこの扉画で十分理解していただけると思う。

この手のてんとう虫版に収録されない話は、大なり小なり微妙に展開がちょっとおかしくて、この話も始まり方がかなり意表を突いてくる。

のび&ドラが空き地にやってくると、粗大ゴミと一緒に「これあげます」と書かれた段ボール箱を発見する。

「ぼくもらった!」といきなり大喜びする危険なのび太に対してすかさず

「ああ、いじきたない」

とお約束のキツイのをお見舞いするドラえもんだが、段ボール箱からジャイアンの飼い犬「ムク」が飛び出してきたのでさあ大変という始まり方。

ムクと言えば「ペットそっくりまんじゅう」でもお馴染みの不憫なジャイアンの犬で、もうジャイアンの犬と言うだけで生物的にジ・エンドなのは言うまでもない。

それを痛烈に分からせてくれるコレ

↑まさしく、ゴミ。ジャイアンは世間一般での認知として元気の有り余った近所の悪ガキと言うレベルだが、彼は通常短編世界の多くではほぼゴミに近い存在だ。それにしても余りに非道いこの倫理観の欠如。しかも片目黒目で責任転嫁まできっちりと果たす呆れ返るほどの生ゴミ状態。

しかもイイナリキャップをかぶらされたムクは人間の言葉を喋れるようになるのだが、その「いうこと」と来たら動物保護団体から処刑確実のソレ。

「ニャーゴとなけ」
「へそおどりやれ」

しかも、えさはにぼしの頭だけ!

それを聴いたドラえもんも一言

「わるいのはジャイアンだ!!」

と憤激。もっとも過ぎる。

そして、ドラえもんはムクを連れてガツンといってやるべくジャイアンの家へ向かうのだが、キャップと共に何故かその場に残るのび太。

もう皆さんおわかりですよね。ここら辺りから既にマズい臭いがプンプンと匂ってまして、二手に分かれる理由付けの放棄も合わせて、「あれ?」と言った雰囲気が漂います。

そして外れなくコレ

↑のび太の好奇心は必ずダメな方向性にドラマを修正するのは周知の事実。しかも前後の見境無く不条理に興味津々になったときは格別危ない。「それにしても」「なんでもいいから」「待てよ」などなど、その意味不明な好奇心発言は破綻へのプレリュード。

しかものび太がこういうモードの時は大抵発想力も危険なほど肥大しており、それはすなわち破綻の度合いも拡がる事になる。

そんな発想の肥大がコレ

↑例えが肥大しすぎ。これぞのび太の真骨頂。頭の矢印も含めて極めて素晴らしい雰囲気醸しだしまくりなのだが、次のコマへの流れが大爆笑のFセンス。

それぞコレ

↑凄い面白いんですけどコレ。吹き出しの「…」と「!」が並んでいる辺りに並々ならない強烈さがにじみ出ているが、何と言ってもライオンの表情が猛烈に笑えます。しかも、のび太が前後不明に歩いているのはいつものこととしても、目の前の空き地に突然ライオンがいるこの純粋な笑いの間が最高です。のび太の表情と右手のポジションも絶妙。

このパターンが後に「ターザン・パンツ(リメイク版)」にも焼き直されている。

そちらと比較してみるとなおのこと面白いので試してみよう。

マズ出会い頭。

↑こちらも全く逆のベクトルでライオンの表情が爆笑なのだが、上記と同じく無言の「間」が凄まじいのは言うまでも無し。ただ、こちらのほうが後期なので洗練されていると言えば言える。

続いて、それに続く反応もまた面白くて

↑思う存分「狂気」描写が出来た時代の表現がコレ。「3」口もはみ出さんばかりの突出ブリですが、やはり吹き出しの象形文字がF氏の得意技ですし、頭のグルグルがあまりにもストレートにこの場ののび太の心象表現をずばり決めてくれてます。

空き地でライオンにばったりと言うおよそ日常では考えられない状況ですが、これも後期ではこういう描写になる。

↑実はこれもある意味非常にデンジャーだとは思うんですけどね。独り言で現実から目を逸らそうというあたりとか、「ユメだ」なんてのも相当なもんでしょう。

その証拠に「イイナリキャップ」でののび太はその後、しずちゃんに

「ね、ね、なんかニュースきいた?」
「動物園からライオンがにげたとか…」

と、なるほど現実的な反応を見せてくれる。

それにくらべて後期ののび太はコレ

↑のび太は自分に負けてますね完全に。はははは。

それに較べてこちらののび太は

「ライオンなんてやたらにいるはずが…」

と笑顔を取り戻すも再び現実に立ち向かってのコレ

↑セリフがイチイチ面白いのに加えて、下部吹き出しの「オカシイ」が何故か手書きなのが意味不明でたまらない。顔面タヌキ面でますます常識外の事態に陥ったのび太の感情が的確に表現されていて笑える。

しかし、何故手書き?

でまあ、こちらのライオンは期待を裏切らず、問答無用に凶暴!

この猛獣に対するイメージのストレートさが、例の原住民達に対するイメージ先行描写と相まって泣けるほど面白いのだが、現在ではこういう獣本来のイメージまで湾曲しようとしている節があって頂けない。(某王国の「REX」原作者など)

で、のび太が望み通りイイナリキャップをライオンにかぶせて、自分のイイナリにさせる訳です。

しかもやらせることと言ったら、レスリングでの八百長試合なんですからのび太の強者への願望があらわれていていいです。

しかし、申し訳程度に登場するスネ夫たちには信じて貰えず、しかも帽子がうっかり脱げてしまったからさあ大変。

その大変さがどれほどのモノかを極めてリアリズム溢れる描写で表現したコマがコレ

デフォルメの入る余地無しのこの恐怖感が大好きです。吹き出しの中の「!」の真ん中が折れている所もとんでもない焦りブリ。初期のび太は結構この顔面一面恐怖面を見せてくれますが、全開に飛びついているあたりも含めてかなりの仰天さ。

勿論外さないのび太ときたら、間違えてイイナリになるほうをかぶるや、命令側の帽子をライオンにかぶせる。

ほらほらほらほらほらほらほら、もう読めまくりでしょ。どうなるか。

勿論その通りになります。

逆らえないのび太はライオンの命令に従って家へ。

玄関を開けるやママがいきなりメガネを拭いているというイレギュラー極まる展開で野比家へライオン侵入。

この時のママが最高で、曰く

↑いやああ、変過ぎでしょ。例えオシシを連れてきたにしても。「オシシを連れている=まあOK」と言う通常あり得ない納得の仕方が流石過ぎますママ。

何でも入るマジックルームののび太の部屋にいよいよライオン登場。モアやドードも入ってきましたが、そんなもんじゃないこのド迫力。

「ひじょうに」と言うニュアンスが完全にF節。あぐらかいているライオンも素晴らしいが、のび太が正座しているのも予感充分で素晴らしい。そうなるべき運命のキャラは正座するのがF流。

もう話がいったん破綻すると、どの展開も不条理になるのもパターンで、ジャイアンが見つからないで戻ってきたドラえもんも玄関先でムクに懇願されるや、「もういちどさがしてみよう」と行ってしまう無茶苦茶さ。

読者同様納得できないのび太も窓から身を乗り出して

「ワアワア」

とパニック。

しょっちゅう家の冷蔵庫から食べ物を盗むのび太だが、今回は命に関わるのでママの面前でどうどうとハム類を運び出す。

ここでも納得不可能の迷セリフ

「ハムとぼくのいのちとどっちがだいじなの!?」

で、ママもおとがめなし。迫力勝ち。

「ハムとぼくのいのち」ってのがいいなあ。

そしていよいよ始まる、待ってましたの展開。

小腹が空くのはライオンも一緒で、ハム類を食べたせいで

「かえって腹がへった」

と言う実に分かっているセリフ炸裂(この時ののび太が仰天「3」口も凄まじい)

更に絶対恐怖のコレ

↑身も震えるホラーパニック。ただ、一部のファンは狂喜乱舞の展開。

頭の矢印が微妙にその時その時でグニャグニャ動くのも結構細かい演出で良いです。

普通こういう展開になったら、どこかでなんとかなると安心しきった現代読者にカウンターパンチを浴びせかける遠慮のまるで無い展開が続くのがこの話の凄いところ。

すなわちコレ

「注文の多い料理店」へのオマージュなんでしょうけど、今ではとてもじゃないですけどあり得ない危険な描写ですなあ。しかもライオンのかぶった↑枠線から突き出ているし。

そして、お待たせしました、この作品究極の有名コマがコレ

「いただきまあす」が完璧。ハム類を持ってきたにしてはでかすぎるお皿に正座するのび太の絶叫がスゴすぎます。歴史上最も切迫した「ドラえも〜ん」じゃないでしょうか。それでもめがねを外さない根性がのび太の凄いところでもあるんですが。

しかも、普通ならここで遂にドラえもん登場となるのが当たり前なのに、全然そんな気配なし!

では、どうなるのか。そこがまた凄い。

何と、ライオン曰く

「おれケチャップをかけないとくえないんだ」

無茶苦茶!!!

絶体絶命のあげくにコレで免除はあり得ないですよ。

暴走もここまでくると、トリップ状態です。

もうとにかく脳裏にあるのはこれのみ

「ライオンが何故ケチャップ?」

そして、「家にない」と言うのび太に、またまたライオンが良い味だしまくりのコレ

↑イイナリキャップって何なんだよ?と言う事はおいておいて、とにかくバターを塗りたくった身体に服を着るという前代未聞に気色悪いのび太の行動が何よりも気になる。

ずれにずれて収拾不可能なこの話は、もう歯止め知らずにコレ

↑うまいですよねえ。ホントこういうの書かせたらF氏は絶品です。全部お約束なのに何故か面白いんですから恐れ入ります。

そして続くコレ

↑かなりブルー。まあ、今から食べられるわけですし、その味付けケチャップを自分で買っているんですから並大抵じゃないんでしょうが、このふさぎ込み方が実に笑える。のび太ってホントに色々と分かってます。調子よく登場するジャイアンのセリフも結構笑えますが。

人のモノが欲しくなると言う、子どもの本能そのままに生きるジャイアンですから、問答無用にイイナリキャップを取り上げるや、

「だ、だれだおれをよぶのは」

と、瞬時に狂気そのものの言動で突進。

しかもライオンもライオンでブラボーなコレ

↑うわあああ。無茶苦茶恐いですコレ。ここらあたりの予想不可能な展開は正直度肝抜かれます。ハッキリ言ってイイナリにさせるひつようなんてまるでないライオンですから、ここで帽子脱げてます。ただ、もうそんなのどうでもいい状態になるこの盛り上がり方が抜群。

いやあ、玄関からライオンが二本足で突進してきたら失神確実ですな。

もう止まらないライオンの絶品のセリフがコレ

↑ごもっともです。はい。ジャイアンのほうが旨そうなのは間違いなし。

と言うよりもケチャップはどうなったの?

もう四の五の言わせない気が狂ったとしか思えない様な展開をグルグル回すこの話ですが、そこにムクが登場して忠犬ブリ凄まじくライオンととっくみあい。ジャイアンを助けます。

そして、ジャイアンがムクの忠義に感動して捨てるのを止めると言う、ぬるま湯のような、強引ではあるけれども綺麗なまとまり方をして終わるこの話。

ただ、このライオンが何故空き地にいたのかという原因も凄まじくて、飼い主が

「そだちすぎたからすてた」

と言う最悪の理由。

ペットは生き物ですし、人間の勝手な理由で飼われる訳ですから、人間の子どもと同様かそれ以上の責任をもって育てなければいけないんです。安易に捨てるなんて倫理などの問題以前に、人間として最悪の行為である事を見事に表現し尽くしている訳です。

ただまあ、それにしても歪みまくりの展開が、この作品のてんとう虫コミック収録への障壁となっているのは間違いないですが。

ほんとまあ、こういう時のF氏って絶対に「思いついたら止まらない」、ある種発想のかっぱえびせん状態だったのは間違いないと思います。


おまけとして、この話の収録された小学五年生の広告がまた最高なんです。

狙い通りのコレ

↑ドラの下手さ加減も含めて、あまりにもマッチングし過ぎのコレに10点ですね。

と言うわけで謹賀新年おめでとうございます。(当時はお正月でした)

ではでは。

 

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